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名古屋地方裁判所 昭和53年(ワ)1144号 判決 1980年7月30日

原告

名古屋アイチ株式会社

右代表者

中村市郎

右訴訟代理人

松本義信

右訴訟復代理人

渡辺邦守

被告

竹内武雄

被告

竹内彰英

被告

竹内鋥

右三名訴訟代理人

永田水甫

向田文生

被告

竹内千恵子こと

竹内千重子

右訴訟代理人

南谷幸久

南谷信子

主文

一  被告竹内武雄、同竹内彰英及び同竹内千恵子こと竹内千重子は原告に対し各自金三六二万五、六〇〇円及び昭和五三年五月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告竹内〓間に生じた分は原告の負担とし、原告と被告竹内武雄、同竹内彰英及び同竹内千恵子こと竹内千重子間に生じた分を八分し、その一を原告の負担とし、その余は右被告ら三名の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一被告武雄が楠木屋の代表取締役であつたことは当事者間において争いがない。

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

1  被告武雄が代表取締役である楠木屋は、本件各手形をいわゆる融通手形として内外通商に振出し、同社が原告に割引きを依頼した結果、原告がそれらを取得し所持している。

2  原告が本件各手形をそれぞれの満期日に支払場所に呈示したところ、「和議法による財産保全処分中」の理由でその支払いを拒絶された。

3  楠木屋は、昭和五二年一〇月一四日和議の申請を行い、同年一二月一二日和議開始決定があり、裏書人である明邦は同年八月一五日銀行取引停止処分を受け、また内外通商も同年一〇月二四日不渡処分を受けていずれも倒産し、原告は本件各手形金の支払いを受けられないため、結局手形金と同額の金四一二万円相当の損害を被つた。

右認定を左右するに足りる証拠はない。

二被告武雄の責任について判断する。

楠木屋が本件各手形を振出した当時、同被告が楠木屋の代表取締役であつたことは前述のように争いがなく、本件各手形が内外通商との間で交換された融通手形であることは前認定のとおりである。そして、<証拠>によれば、楠木屋は本件各手形を内外通商に振出交付する際、内外通商のほか訴外長野成利、訴外東亜・二村某、訴外田中義一等から受けとつた手形を決済することにより、本件各手形の支払いをなすことを予定していたことが認められる。

しかしながら、<証拠>を総合すれば、楠木屋は本件各手形を振出した当時すでに相当額の融通手形を振出しており、しかも融通手形の決済は、楠木屋の手持資金ではとうてい決済できない状況にあつたのであり、これを融通先の見返り手形の決済に依存していたこと、また、楠木屋では手形等の決済のために金五、〇〇〇万円を準備していたものの、本件各手形まで決済しうる余地はなく、現にこの金五、〇〇〇万円は他手形の決済につぎ込まれてなくなつてしまつたことが認められる。

右認定の各事実によれば、本件各手形が振出された昭和五二年六月二〇日から同年八月二日にかけては、楠木屋が本件各手形を振出してもその支払期日に手形の決済ができる明確な見通しはなかつたものといえるから、被告武雄としては、楠木屋を振出人とする本件各手形を振出すべきではなかつたにもかかわらず、代表取締役として、その職務を行うにつき、悪意または重大なる過失によりその任務に違背して本件手形を振出したことにより、原告に対し前記の損害を蒙らせたものというべきである。

されば、被告武雄は、原告に対し商法第二六六条の三の規定により損害を賠償すべき義務がある。

三被告〓の責任について判断する。

被告〓が以前楠木屋の取締役であつたことは同人と原告間で争いがない。

株式会社の取締役は、会社に対し、代表取締役が行う業務執行につき、これを監視し、必要があれば、取締役会を自ら招集し、或いは招集することを求め、取締役会を通じてその業務執行が適正に行われるようにする職責がある。

ところで、<証拠>によれば、被告〓は昭和五二年の初め頃から楠木屋の勤務を休みがちで、同年二月頃には退社したこと、及び、登記簿上は辞任登記を経ていないことが認められる。しかしながら、取締役が一旦辞任するときは、その登記前においても会社に対して取締役としての義務を負うものではなく、かつ、取締役としての職務を執行することができないのであるから、原則として、このような者に商法第二六六条の三の規定による責任を負わせることはできないというべきである。もつとも、このような者といえども、外見上取締役として職務を執行し、その職務執行に関連する取引により善意の第三者に損害を加えた場合であるならば、事情によつては、商法第一二条により、損害賠償責任を負わなければならないというべきではあるが、被告〓は、前記のように、昭和五二年二月頃取締役を辞任して後はもちろん、同年初旬頃から楠木屋の取締役としての職務を執行していなかつたものと認められるから、被告〓に商法第二六六条の三の規定による損害賠償責任はないものといわなければならない。

四被告彰英の責任について判断する。

被告彰英が本件各手形の振出された当時、楠木屋の取締役であつたことは同人と原告との間で争いのない事実である。しかも、<証拠>によれば、被告彰英は、楠木屋の営業を担当し、取締役としての報酬も受けとつており、かつ、取締役としての自覚を持つていたことが認められるから、同被告は実質上も取締役としての地位にあつたものというべきである。

右認定のような立場にある以上、被告彰英には、三で述べたような代表取締役の業務執行に対する監視義務が存在するにもかかわらず、本件楠木屋の代表取締役たる被告武雄の業務執行について何らの監視・監督の手段を講ずることなく、同被告にまかせ切りにし、その放漫な経営を放置していたため、本件各手形の不渡事故を生ぜしめ、これによつて原告に損害を与えるに至つたものといえるから、このような被告彰英の任務懈怠は、商法第二六六条の三第一項前段にいう取締役がその職務を行うにつき重大なる過失ある場合にあたり、同被告は損害賠償責任を免れない。

五被告千重子の責任について判断する。

被告千重子は、同被告が楠木屋の取締役に就任した事実はなく、商業登記簿(甲第一号証)の同被告が取締役である旨の記載は虚偽のものである旨主張するが、<証拠>を総合すれば、被告千重子自身自分が役員つまり取締役であるという認識を持ち、しかも、右登記に暗黙の承諾を与えていたこと、また、実際上も被告武雄と一緒に楠木屋を経営していたことが認められ<る。>そのうえ、被告千重子本人も、経理上は自分も給料を受領していたことを供述している。そうとすると、被告千重子は楠木屋の取締役の地位にあつたものというべきである。

されば、被告千重子は、前述のような、代表取締役の業務執行に対する監視義務が存するにもかかわらず、被告彰英について述べたと同様、この義務を怠り、本件各手形の不渡事故発生により原告に損害を与えたことは、商法第二六六条の三第一項前段にいう取締役がその職務を行うにつき重大なる過失ある場合にあたり、損害賠償責任を免れない。

六そこで、被告らの抗弁について判断する。

楠木屋と原告を含む債権者との間で和議が成立したことは当事者間に争いがない。しかしながら、楠木屋と原告らとの間の和議の成立と原告の被告らに対する損害賠償請求とは全く別個であり、前者に付せられた制限は、原則として、後者に何ら影響を及ぼすものではない(もつとも、和議手続で配当を受けた場合その限度で債権者の損害額が減少するものであることは当然である)。従つて、被告千重子の抗弁及びその余の被告らの抗弁1及び2はいずれも理由がない。

被告千重子を除くその余の被告らの抗弁3については、被告千重子を除く当事者間で争いがなく、また被告千重子については、共同訴訟人間の証拠共通の原則により、<証拠>によれば、原告の損害額は、当初の金四一二万円から原告が和議手続により配当を受けた金四九四、四〇〇円を控除した金三六二万五、六〇〇円と認めるべきである。

なお、被告千重子を除くその余の被告らの抗弁4について考えるに、<証拠>によれば、原告には本件各手形を割引くにあたつて過失がなかつたものと認められるから、該抗弁は採用しえない。

七よつて、原告の本訴請求は、被告武雄、同彰英、同千重子に対し各自金三六二万五、六〇〇円及び本訴状送達の日の後であること記録上明らかな昭和五三年五月一六目から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用について民事訴訟法第八九条、第九二条本文を、仮執行宣言について同法第一九六条一項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(小沢博)

約束手形目録<省略>

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